ゴスペルクワイヤ エバーラスティング・ジョイ Everlasting Joy
ローザ・パークス女史(公民権運動の母)

1918年、アラパマ州に生まれる。43年、全米黒人向上会の秘書に。

55年モンゴメリーで白人乗客に席を譲らなかっために逮捕、有罪に。

これを機に「パス・ポイコット運動」がはじまる。56年、合衆国連邦最高裁判所が、差別は違憲の判決を下す。

87年、「ローザ・レイモンド・パークス自己開発教青センター」を創立し、青少年に対する人権教育に貫献。

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席ゆずれの命令に「N0 バス・ボイコット」は全米を揺るがした。

もしもあなたが、日の勤めを終えてバスに乗り、空いてる席にほっとして座っていた時に、

後から乗ってきた人のために立てと強制されたら・・・

しかもその理由として肌の色が違うからといわれたらあなたはその理不尽さに怒りを覚えるだろう。

そんな、だれが考えてもおかしいバカげた行為が、つい数年ほど前までアメリカでは日常的に行われていた。

それも法律の名によって、白人が黒人に強いていたのだ。

それまで何度も黒人ば差別撤廃を叫んできた。

学校で、スーバーで、停留所で、水飲み場て白人用、黒人用と分け隔てられるのは耐えられないと。

しかし、その声は、白人の圧倒的な権カの前に敗北してきた。

1955年12月1日、アラバマ州モントゴメリー市でローザ・パークスが運転手の命令に対して、

席をゆずることを拒絶。その「N0」のひと言で逮捕されたときから、モントゴメリー全市の黒人たちが立ち上がった。

バスに乗らないボイコット運動を展開、弱冠26歳のキング牧師をリーダーに黒人の怒りの炎は全米に燃え広がった。

後にローザ・パークスば語っている。

「ただ疲れていたからではない。黒人というだけで不当に差別され、

逮捕されあまつさえ死刑にされたりすることが許せなかった」と。

さらにキング牧師が「これは人種問題というより、正義と良心の勝利である」と語ったように、

あくまでも人間の尊厳の問題だっだ。だからこそ公民権運動と呼ぱれ、世界中が注自した。

人種差別は今もまだアメリカの大きな課題とされている。

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「ウィ・シャル・オーバーカム(私たちは勝利する)…・」。

アメリカ公民権通動の歴史輝く「ワシントン大行進」でマーチン・ルーサー・キング氏を中心に参加者全員が行進しながら歌った歌。

1993年1月バスの座席は白人優先,との屈辱的なルールに敢然と「ノー」と答えたパークス女史。

『一人』の勇気が『万人』に伝染し『万人』を立ち上がらせる。はじめの一人は『万人に通じる一人』。


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